明るくておとなしい子。先生の無関心が生んだ表現

つい最近のどこかのニュースを見て思った事。

なんだったっけかな、中学校か高校で、生徒がいじめかなんかで殺害されてしまったのか、それとも自殺だったのかすらも思い出せないけど…

その亡くなった生徒の印象を聞かれた先生の言葉がなんとも言えない生徒との距離感というか、当たり障りのない表現をしようとした結果矛盾していたのである。

 

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先生が思う生徒の印象

リポーター「どのような生徒でしたでしょうか?」

先生「そうですね、ものすごく明るくておとなしい子でした」

 

ん?どういう事?

ものすごく明るくておとなしい子?

そんな器用な事できるって逆にすごいよ。どうやったってめちゃくちゃ明るく振る舞いながらじっとおとなしくしてるシーンが想像できない。

「旅行先の海はどうでしたか?」

「そうだね、すっごく広くてだけど狭かったよ」とか

「真っ黒な白」とか「右に左折」とかそんな感じかと思った。

 

きっと先生は、例え自分自身が悪くなくても、なんとなく死亡事件に関わりたくなかったのかなと感じた。

「ものすごく明るくて」の部分で生徒は悪い人ではなかったと、ある種のヨイショをしておき、だけれどもそんな事件に巻き込まれるような人物ではないよという意味で「おとなしい」といった表現を使ったのだと。

この亡くなった生徒ではない、違う生徒だったとしても、きっとこの先生は同じ表現で生徒の印象を伝えるんだろうなとも思った。

関わりたくないという強い気持ちから生まれた、なんとも矛盾した表現でした。

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