知ったかぶりがもたらした10年前の楽しい事

酒飲みながら色々と昔の事考えていると、誰しも印象に残っている他愛もないエピソードがあると思います。友人Aは家庭を持ち、子供も授かり、なおかつ笑いのセンスを無くすことなく大人になりました。友人Aに子供ができ、子供の名前をメールで僕に送ってきた時、キラキラ過ぎて怖くなり返信すらできなかったが、あとから知るとその名前は嘘であったって話しが元になっているようないないような。

知ったふりをする人

「知ったふり」はやがて周囲に見透かされるもので、なるべくならそうなりたくないものです。私もある程度年齢を重ねてきまして、知ったかぶって自分を良く見せる行動はあまり無くなったとは思います。

いつでもどこでも知りたい事はネットで大体調べる事ができ、それにより職人のように一つの何かに特化する事がある意味難しい時代になりました。大きなカテゴリの中の細分化された情報のみをネットで調べて、さも昔から知っているかのように、「えー、そんな事も知らないのー?常識だよー?」のようにその情報の有無で相手との関係性を見出したい空気を醸し出して話してくる人がもし近くにいた時、まずそれが本当に価値のある話しであれば真摯に向き合い、そうでなければスッと流せる自分の「見極める力」が必要になってくるが、だいたいそういう話し口調が出てくるやつってのはくだらん奴が多い気がする。

昔の友人との出来事

10年くらい前に友人Aと楽しげに自転車に乗って彼の家に帰宅途中、何の話しか忘れたけど、僕は彼に

「そういう状況って『漬け物石と嫁の腰』とかってことわざで言うもんなー、わははー」

って言ったら彼も「そうそう、そういうのあるよー!」みたいな事言ってた。

『漬物石と嫁の腰』

そもそもことわざとは、

鋭い風刺や教訓・知識などを含んだ、世代から世代へと言い伝えられてきた簡潔な言葉のこと

と、Wikipediaさんは言っており、「観察と経験そして知識の共有によって、長い時間をかけて形成されたもの」なのです。

前出の『漬物石と嫁の腰』は、男性目線で生まれたものであり、由来は、「鎌倉時代の人々の一汁一菜に香を添える欠かす事のできない漬物を大量に作る為の重石は、当時の人々にとっては非常に重要なものであると同時に、一度漬物樽に置いてしまうとその重さ故に自身の力のみでは中々動かす事ができない様は、妻の存在は非常に大切であるが、家庭内での地位、権力、居場所等様々な角度での安定した場所を妻が手に入れた時、それを再度動かすのは非常に難しい」事を指しており、特に人、物、状況が動かない時に引用されるものである。

知ったふり全てが悪いわけではなかったエピソードで面白かったもの

その友人が

「そうそう、そういうのあるよー!」

みたいな感じで知ったかぶってくれたおかげで、僕は「そんなことわざ無いゼヨ、今適当に考えてそれっぽく言っただけだからー!わはは」と、自転車に乗りながら赤信号待ちの交差点で笑う事ができた。友人も「お前だましたなー!」となり、『嫁の腰』のくだりは若者2人の楽しげな会話に花を添えたのである。

昔の出来事をふと思い出したのでここに記しておきます。Aだちありがとう、今度札幌行った時はちゃんと家に泊めてね。更に上記赤字部分は、さもありそうな由来を今適当に考えた作り話です。が、後半の妻の部分を書いてる時、決して全部うそ書いてるわけでもなさそーだなと思った。火のないところに煙は立たない。とにかく間違って使わないよう宜しくお願いします。もちろん『漬物石と嫁の腰』なんてことわざはありません。


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オノゲンキ
北海道で小さな焼鳥屋を営みながら暇を見ては家でブログを書いたり動画を編集したりイラストやイラスト風文字を書いたりしているので全く外出しません。職業柄酒はよく飲み、一度飲み始めると止まりません。嫁と娘2人、そして犬1匹と平凡に暮らしているので刺激が欲しいのです。誰か刺激を下さい志茂田景樹じゃなく刺激です。

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